石井脳神経外科・眼科病院
Ishii Hospital of Neurosurgery & Ophthalmology
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脳卒中とその予防


於SEA WAVE FMいわき
「医療最前線」
平成11年11月21日(土)9:00-9:30放送
脳卒中Q&A
石井正三

* パート1   脳卒中とは  
Q:脳卒中という言葉は良く耳にしますが具体的にはどんな病気が含まれますか?
A:脳卒中という言葉は、字義からして「脳ににわかにあたる」という意味で、つまり突然起こる脳の病気を意味します。 世界的に見ても東北地方は脳卒中多発地帯であり、例えば青森県では「あたり」とか「あたる」という言葉が今でも使われています。 脳卒中の再発は「あたりがえし」という表現も使われまして、突然おそってきて人間の尊厳を脅かすこの病気の怖さを見事に表わしているように思われます。
現在の医学用語では脳血管障害又は脳血管疾患という言葉が使われまして、 突然血管から出血したり逆に血管の閉塞性変化で血液が循環できなくなって、 脳の障害が急性に起こってくる病気ということです。
Q:もう少し具体的にはどうなんでしょうか?
A:アメリカの厚生省にあたるNIHというところで出している脳血管障害の分類が現在良く使われます。
症状から見ますと無症候性という全く症状を認めないものから、手足の麻痺や感覚障害、 言葉のもつれなど局所の脳機能障害を起こすもの、それから脳全体の機能低下が前面にでてくる脳血管性痴呆それに高血圧性脳症などの分類がされます。
この中で血液の循環障害から起こり24時間で快復する症状の場合を一過性脳虚血発作、そのまま症状が完成してしまう場合を脳梗塞と呼びます。 また血管から出血してしまう病気では脳出血とくも膜下出血というところが主な病気です。
最近の考え方ではこの脳梗塞にもいろいろな病気の様式があり、心臓などで出来た血の固まりが脳の血管に詰まる塞栓症、 動脈硬化の進行によるアテローム血栓性梗塞、それに脳内の小さな穿通動脈由来のラクナ梗塞などの分類がされています。
Q:日本での脳卒中の現状はどうなっていますか?
A:脳卒中は戦後長く死亡率の1位を占めていましたが、1980年から癌が1位になり厚生省の昨年度統計で年間死亡の約30%となっています。 脳卒中は心臓病とほぼ同じぐらい約15%で平成8年度2位、平成9年度で3位となっている状態です。 これは我々脳神経外科医が救命を頑張っただけではなくて、 塩分を控えめにした食事指導と血圧コントロールが普及することによって重症な脳出血を全国的に減らすことができたのです。 しかし、此処に来て新たな問題が出てきています。それは軽症の脳梗塞が中では増加してきたわけですが、 この再発を繰り返すことによって脳卒中が原因となって起こる寝たきりや痴呆の患者さんが社会問題になってきているのです。 秋田脳研(秋田県立脳血管研究センター)の資料に依りますと、寝たきりの半分ぐらいが脳卒中の原因によるもので、 また65歳以上で精神病を除いた半年以上の長期入院の患者さんでは42%が脳卒中が原因だったそうです。

* パート2   脳卒中の診断と治療  
Q:脳卒中の検査としてはどんなものがありますか?
A:どんな病気でも大事なことは患者さんの病態を早く的確につかむことです。 ですから発症様式と経過を詳しくお聞きする事が大切です。 これまでの病歴と治療経過も参考になります。 その上で、先ず神経学的検査と言いましてハンマーや刷毛・ピン等を駆使して患者さんの症状を出来るだけ詳しく検出します。 これはいわゆる伝統的なローテクな手法の部分になります。
次に補助検査法と言いまして、頭蓋骨に守られて奥に潜んでいる脳のあらゆる部分を映し出す画像診断をすることになります。 MRI(核磁気共鳴断層撮影装置)、 CT(コンピュータ断層撮影装置)、 脳血管撮影装置など様々な機械とソフトを動員して用いて患者さんの病気の原因を追及して行くわけです。 このハイテクな部分は日進月歩でして、先日僕自身も脊髄をMRIで立体的に描写する新しい方法を考案して日本脳神経外科の学会誌に発表したところです。
Q:それでは脳卒中の治療はどんなものがありますか?
A:治療となりますと、脳卒中の原因によって幾つかの方法に分かれます。
脳出血では圧迫症状を軽減するために脳圧を下げるための薬を使うことになります。 血圧を含めて全身を管理しながら、それでも意識障害が進行して救命をしなければいけないときは手術を考えます。 また、強い麻痺があり早期にリハビリを開始したい患者さんの場合、 CTスキャンのガイド下に定位的血腫吸引術といいまして小さな頭蓋骨の穴から出血だけ吸い取ってしまう手術も行ないます。
くも膜下出血の場合、再出血が命取りになる危険がありますから、急いで原因を突き止め、脳動脈瘤や脳動静脈奇形などの出血原因を手術で治療することになります。
脳梗塞の場合も心臓など全身の要因から来たものかどうか確かめて、急性期治療の後は内科的管理を優先する場合もあります。 頸部の内頚動脈に強い動脈硬化性の病変があって再発のおそれが高い場合は手術を行ないますし、 脳血管の血流低下をおぎなって脳を守る必要がある場合には、血管のバイパス手術をする場合もあります。
ここで覚えておかなければいけないことは、症状が軽いからといって手術の必要がないとは必ずしも言えないということです。 つまり、くも膜下出血であれば「警告発作」と呼ばれるごく短期間の頭痛発作がありますし、 手足の麻痺や感覚障害が一時的に起こってまた治る「一過性脳虚血発作」やそれが繰り返す「切迫卒中」などは重大な大発作の前触れと考えて、 むしろその時に十分な検査と治療方針決定することが非常に大切です。

* パート3   脳卒中の予防  
Q:脳卒中が多いといわれる東北地方で、今後の予防はどうしたらいいんでしょうか?
A:寒い気象条件だけではなく、トイレが外にあったというような住環境や伝統的な高塩分食と偏った栄養バランスが大きな原因だったと考えられます。 すまいの環境や栄養はかなり改善されてきているわけですが、東北地方では高塩分食はまだまだ忘れてはいけない問題なのです。
江戸時代の農本書に「農民は健康のために塩を食すべし」とあったそうですが、当時の劣悪な栄養の改善、 特に冬場の蛋白やビタミン欠乏防止には塩にした保存食は欠かせないものだったと思われます。 また、過酷な肉体労働を乗り切るためにも、塩分摂取は不可欠だったとのでしょう。 しかし、現在では幸い食品の流通が良くなり冬場でも野菜に困らなくなりましたし、大量の汗をかいていちどに塩分を失うような労働環境も大幅に改善されてきました。 そうしますと、味覚の命ずるままに食事していると、知らず知らずのうちに身体の要求するよりも多量の塩分を摂りすぎているという、弊害だけが我々の時代に残ったわけです。
Q:そうしますとまだまだ私たちは高塩分食に気を付ける必要があるのですか?
A:その通りです。 欧米の食事や京都の上品な味では1日7グラム以下位なのですが東北の高塩分食では15グラム、多くなると30グラムを超える塩分を摂取するようになります。
赤ちゃんは離乳の段階でみそ汁などを口にするわけですが、このときに脳に入力された高塩分の味覚を「うまい味」と記憶してしまうといわれています。 ですから、この味を追い求めてしまうと高血圧とそれに続く脳卒中や心臓病に悩まされることになるわけです。
本当にこの地域の我々の味覚に合っていて、食べていればいつの間にか健康に生きられる食事というものは、 これから、病院食であるとか、本で勉強する段階を超えてもっともっと追求されなければいけない問題だと考えています。
Q:そうしますと本当の意味での医食同源が求められているということですね?
A:そうです、地域に根ざした食の文化というものを再創造しなければいけない時期だと思います。
Q:わかりました、それでは、他に脳卒中の予防ということで気を付けなければいけないことはどんなことでしょうか?
A:脳という人間の尊厳の源になる部分の病気ですし、 脳卒中は急激に進行したり再発を繰り返して取り返しのつかない状態になってしまう危険性を持っていますから、 患者さん本人や家族の方が決して症状を軽視したりせずに、先ず、早めに専門医の診察を受けることが大切だと思います。
専門の立場からみますと、治療は、的確に手遅れにならないように判断する必要がありますし、 いざ手術の場合には手術用の顕微鏡を使って細心の注意で行なうような手術になります。
危険がやや減ったとはいえ命とりになることもありますし、寝たきりやぼけの原因にもなる脳卒中に対してはまだまだ十分注意を払う必要があります。 世界に自慢できる長寿社会がせっかく実現したわけですから、長く楽しんで生きるために、 日頃から食事に気を付け、高血圧や糖尿病・高脂血症・心臓病などの管理に気を付けることが脳卒中の危険因子を低下させる大事な方法ということです。
脳卒中予防という意味ではもう一つ、全身の健康チェックとしての「内科的ドック」と別な意味で、「脳ドック」も有効だと言えます。 症状が軽かったり無症候性と呼ばれる全く症状のない脳梗塞を早期に診断したり、突然起こって生命の危険を招く脳動脈瘤を事前に発見して適切に対処することは、 将来の大発作を未然に防ぐことが出来るという意義がありますから高いQOL(quality of life)を目指す助けになるものと思います。
Q:わかりました、本日は有り難うございます。

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